のだ。同じ二百石同士の腕を競べるのだ)
もう暮れかかろうとする町の中を――冬の初めとて、金華山から、山嵐の吹いてくる中を邸の方へ、急いだ。
(妻が不憫《ふびん》だが、仕方が無い。武士の意地だ。これこそ、本当の、武士の意地だ――人には云えぬ、半兵衛一人だけの、だが、我慢のできぬ意地だ)
半兵衛の、頭の中は、熱を持っていた。我慢のしきれぬ、不快な力が、身体中に、溢《あふ》れてきていた。
(明朝にでも、立ちたい。一刻も、我慢がならぬ)
と、感じた。だが、邸の門が、黒々と見えると共に
(女房が、驚くであろうな)
と、思って、胸の中に、固くつかえてくる物のあるのを感じた。
三
女房の、里恵は、黄昏近いほの明りの縁側に出て、何か縫物をしていた。玄関に、夫を出迎える召使の声を聞いて、縫物を、押入れへ入れて、廊下へ出ようとすると、もう其処に、夫の姿があった。
「お帰り遊ばしませ」
里恵は、こう云って、ちらっと夫の顔を見たが、夫の表情は、いつもの日と、同じようであった。
(今日も、よかった)
里恵は、夫の性質を知っているだけに、何時、助太刀に立とうと云い出すか、知れないのを恐れ
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