れるで御座いましょうから御遠慮なく召上って下さいまし」
 フランボーは好奇心にかられて、礼儀|正《まさ》しい態度でこの申出をうけた。そして儀式ばって案内されるままに、さきの細長い、明るい鏡板のはりつめられてある部屋へと、この老人に従って行った。室内にはこれといって目を惹くものがなかったが、ただ、細長い腰低の窓が幾つかあって、その合間々々が風変りにも同じく細長い腰低の姿見張りになっているので、部屋全体が調子の軽い、飄々たるものに見えるのだった。何となく庭で軽食《ランチ》を食っているような気がした。隅の方にはくすんだ肖像画が一二枚かかっていた。その一つは軍服姿の非常に若い青年の大きな写真で、今一つは赤チョークで描いてある、毛を垂れさげた二人の少年のスケッチ肖像であった。その軍人が公爵その人であるかとフランボーが訊いたのに対して、給仕頭は無愛相に、違うと答えた。それは公爵の弟に当たる陸軍大尉でステーフィン・サレーダインという人だと云った。がそれだけで老人はプイと口を閉じてしまって、話なんかしたってつまらんといったような渋い顔をした。
 軽食《ランチ》の後で上等の珈琲《コーヒー》とリキュー酒の
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