男は家庭生活に向く男ではなかった」こういって彼は口を閉じてそのまま彼の足元にうなだれている女の頭の真上にあたる壁をジット見つめた。戸外の二人はこの老人を殺されたスティーフンと面だちが似ているのを見て、さては[#「は」は底本では「わ」]と思った。
やがて老人の双の肩が高まって、咽喉《のど》がむせでもするようにブルブルとゆすれた。が顔の表情は少しも変らなかった。
「ヤッ畜生笑っていやがる。」としばらくしてフランボーがこう叫んだ。「どれこの辺で帰るとしようか」といった師父ブラウンの顔は全く青かった。「なあフランボー君早やくこの地獄屋敷を退散しよう。もう前の正直な舟が恋しくなったよ」二人が島を漕出た時、夜の暗黒の幕は既に岸辺の川面にたれ下っていた。
[#空白は底本では欠落]二人は闇の中を川下へと下った。二人のすう二つの大きな葉巻《シガー》が舟の中で紅色の舷灯《げんとう》のように燃えた。師父ブラウンはその葉巻《シガー》をちょっと口から取ってこう云った。
「まあフランボー君もはや君にもこれで話しの始終が解ったと思うが、つまりだね、筋はとても簡単なんだ。一人の男が二人の敵を持っていた。その男は悧
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