食とこの家と庭だけが、どうやら拙者の手に返ったんじゃ」この言葉によってフランボーは何事か思いついたと見えて、顔を輝かした。「では何かサレーダイン[#「ン」は底本では「レ」]公爵が遺言でも」
「わしがサレー[#「ー」は底本では「ン」]ダイン公爵だ」老人は巴旦杏《はたんきょう》をもりもりと頬張りながら云った。
 その時まで鳥の飛ぶ様を見ていた師父ブラウンは弾丸にでも打たれたように思わず飛上った。そして蒼白になった顔を窓に突込んだ。「君はなに、何じゃと」と彼はキイキイ声をはり上げて訊返した。
「ポ[#「ポ」は底本では「ボ」]ウルまたはサレーダイン公爵、いずれとも御意のままにじゃ」やんごとない老人がシェリ酒の杯を唇に持って行きながら叮嚀な口調で云った。「わしはここで召使の一人として天下泰平に暮らしているものじゃ。そして謙遜の意味で、吾が不幸なる弟ミスター・スティーフンと区別をするためにミスター・ポウルと名乗っている。じゃが弟はつい最近、左様あの庭で歿《なく》なったと聞いた。もちろん、敵がこの島まで追撃して来たところで俺が悪いのではない。悲しい事に、弟の生活があまりに自堕落であったからじゃ、あの
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