駈寄った。が要するにもはや死骸に相違なかった。彼がなおもしやという望《のぞみ》なき望にひかされて死体をしらべていると、その時初めて遥かなる川上の方から人声がきこえて来た。そして一艘の警察船が、数人の警官、役人や、そして昂奮しているポウルをも乗せて、矢のように船着めがけて走って来た。坊さんは怪訝に堪えないむずかしい顔をして立上った。
「フン、何ぞそれ」と彼は独言《ひとりご》った。「何ぞそれ来たること遅きやじゃ!」
七分も経つと、その島は村人や警官等で一ぱいとなった。警官等は決闘の勝利者を引捉《ひっとら》えて、型の如く、この際愚図々々いうとためにならんと云いきかせた。
「我輩は何も云いたくない」アーントネリは平静な顔で云った。「吾輩はもう何んにも云わん心算《つもり》だ。吾輩は非常に幸福だ、吾輩はただ死刑に処せられるのを待つばかりだ」
それから彼は口を堅くつぐみさま、警官等の引立《ひった》てるがままに身体を任した。彼はその後で訊問を受けた時「有罪だ」とただ一言叫んだきり、また口を緘《かん》して語らなかったという事は不思議ながらも確かな事実である。
師父ブラウンは思いもよらぬ庭の人だかり
前へ
次へ
全45ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング