や、殺人者の拘引される光景や、警察医の検屍のすんだ後死骸を取片づける光景などをじいと見ていた、何かある醜い夢がそのまま姿を掻消すのを見守るもののように、彼は夢魔に襲われた人のようにジッと立すくんだ。彼は証人として住所姓名を名乗った、が、陸地へ行くならと舟を勧める者があるのを謝絶した。そして島の花園の中に立って、押潰された薔薇の木や、何とも名状しがたい突嗟の悲劇の緑なす全舞台面に眼をこらして見入った。夕闇は川面にはらばい、霧が蘆そよぐ岸辺にほのぼのと立《たち》のぼった。塒《ねぐら》におくれた烏《からす》が三つ四つと帰りを急ぐ。
 ブラウンの潜在意識(これがまた非常に活躍した)の中には何やらまだ説明のつかぬものが不思議にありありとこびりついていた。この感じは朝から彼の意識を離れなかったものだが「鏡が島」についての幻想だけではどうしても説明のつきかねるものがあった。彼は何んだか自分が見たものは現実の光景ではなくして、競技か仮面舞踏会のようなものに思われもした。けれども、しかし、遊戯のために突殺されたり死刑に処せられようとする者もないはずではある。

        五

 彼は船着の石段に腰
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