た。そして、チョイチョイした物音、話声、硝子器のチリンという音、召使達の足音、そうした物音に混って、二人の客人は家の四方に小歇《こや》みなくザワザワと流れる水声を聞くことが出来た。
「どうも廻り廻って悪い場所に来たもんじゃなア」と師父ブラウンが窓越しに灰緑色の葦《よし》や銀色の川波を眺めながら云った。「しかし心配はいらんて。君子は悪い場所においても正《まさ》しい人間である事によって善い事が出来るものじゃ」
 一体師父ブラウンは無口な方でもあるが変なところに同情をする小男だ。そこでこの短いおそろしく退屈な時間の間に、彼はいつともなく、相手の専門探偵よりも深くこの|蘆の家《リードハウス》の秘密の中に想出を沈めていた。ニコニコした沈黙というものは世間話《よけんばなし》上手の秘訣ではあるが、彼はこのこつを好く呑込んでいた。で、今も彼は一語さえほとんど洩すことなく、この家で与えられた智識をもとにして出来る限りの推測をたくましゅうしていた。給仕頭は生来むっつり家であった。彼は主人に対して、ほとんど動物的な愛情を抱いている事を洩した。その云う所によると、公爵は非常に虐待されつつあるらしかった。その虐
前へ 次へ
全45ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング