や、殺人者の拘引される光景や、警察医の検屍のすんだ後死骸を取片づける光景などをじいと見ていた、何かある醜い夢がそのまま姿を掻消すのを見守るもののように、彼は夢魔に襲われた人のようにジッと立すくんだ。彼は証人として住所姓名を名乗った、が、陸地へ行くならと舟を勧める者があるのを謝絶した。そして島の花園の中に立って、押潰された薔薇の木や、何とも名状しがたい突嗟の悲劇の緑なす全舞台面に眼をこらして見入った。夕闇は川面にはらばい、霧が蘆そよぐ岸辺にほのぼのと立《たち》のぼった。塒《ねぐら》におくれた烏《からす》が三つ四つと帰りを急ぐ。
ブラウンの潜在意識(これがまた非常に活躍した)の中には何やらまだ説明のつかぬものが不思議にありありとこびりついていた。この感じは朝から彼の意識を離れなかったものだが「鏡が島」についての幻想だけではどうしても説明のつきかねるものがあった。彼は何んだか自分が見たものは現実の光景ではなくして、競技か仮面舞踏会のようなものに思われもした。けれども、しかし、遊戯のために突殺されたり死刑に処せられようとする者もないはずではある。
五
彼は船着の石段に腰かけながら独り物思いに耽っていたが、折しも上流の方から一つの細長い、黒《こく》ずんだ帆が薄光りに光る川面を下って来るのに気がついた。そして彼はばねのように飛上った。が、感激の反動で泣出さんばかりに胸が込み上げて来た。
「フランボー!」
と彼は叫びさま、幾度も幾度も友の手をとって堅く握りしめた。驚いたのは釣竿を以て岸辺に上って来たフランボーだ。
「フランボー! アア、やっぱり君は殺されはしなかったのじゃ!」
「なに、殺されるですと? 一体どうして私が殺されるんです?」と釣客は非常におどろいてくりかえし言った。
「なぜって、わし等は今少しで一人残らず殺されるところじゃった」相手はいくらか乱暴な口調で云った。「サレーダイン公爵は殺され、アーントネリは殺してくれという。アーントネリの母親は気絶する。もうわしは生きた心地もなかったがな。しかし、有難いことに、君も無事であった」そして彼は狐につままれたような顔付をしているフランボーの腕を取った。しばらくして二人は船着場をあとにして例の屍の下《もと》に来た。そして朝初めて着いた時の様に一つの窓から室内をのぞいてみた。
ランプがつけられてすっかり部屋支度がととのっているのがたちまち彼等の眼をとらえた。食堂の食卓にはサレーダインの仇敵《かたき》が島をめざして一陣の突風のように来襲した時既に晩飯の用意が出来ていたのだ。そこで今晩飯が嵐の後の凪のように平和に食われつつあるのだ、家政婦のアンソニー夫人はむっとしたような面持で食卓《テーブル》の足のところにしゃがんでいる。ポウルは御家老様然として美味を食らいかつ美酒を飲みつつあるのだ。夢みるその碧眼はおどろな色をただよわし、面窶《おもやつ》れのした様は何とも名状しがたいほどだが、満悦の気色はつつみかねたと見えた。覚えずその様に腹に据えかねたと見えてフランボーは窓をガタガタガタ鳴らしながらこじあけた。そして義憤に燃えた頭を明るい部屋にスット差し込んで「オイオイ」と呶鳴った。
「なるほど君もつかれただろうから静養を要するのは無理がない。ただ主人が庭に殺されておろうという際に主人の物を横取りするとは実に怪しからんじゃないか?」
「吾輩は愉快なるべき長の生涯の間に莫大な財物を横取りされたんじゃ」怪しい老人はかっとしたように答えた。「この晩食は拙者が横取を免れた無けなしの財産の一つじゃ。フン、この晩食とこの家と庭だけが、どうやら拙者の手に返ったんじゃ」この言葉によってフランボーは何事か思いついたと見えて、顔を輝かした。「では何かサレーダイン[#「ン」は底本では「レ」]公爵が遺言でも」
「わしがサレー[#「ー」は底本では「ン」]ダイン公爵だ」老人は巴旦杏《はたんきょう》をもりもりと頬張りながら云った。
その時まで鳥の飛ぶ様を見ていた師父ブラウンは弾丸にでも打たれたように思わず飛上った。そして蒼白になった顔を窓に突込んだ。「君はなに、何じゃと」と彼はキイキイ声をはり上げて訊返した。
「ポ[#「ポ」は底本では「ボ」]ウルまたはサレーダイン公爵、いずれとも御意のままにじゃ」やんごとない老人がシェリ酒の杯を唇に持って行きながら叮嚀な口調で云った。「わしはここで召使の一人として天下泰平に暮らしているものじゃ。そして謙遜の意味で、吾が不幸なる弟ミスター・スティーフンと区別をするためにミスター・ポウルと名乗っている。じゃが弟はつい最近、左様あの庭で歿《なく》なったと聞いた。もちろん、敵がこの島まで追撃して来たところで俺が悪いのではない。悲しい事に、弟の生活があまりに自堕落であったからじゃ、あの
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