て、同じようにいんぎんに坊さんの好みの哲学談に話しを合わせるという風であった。彼は釣についても、書物についても、なかなか知識を持っているように見えた。後者の方はすばらしい開発振りを見せもしなかったが、彼は五六ヶ国語を操った。もっとも主として俗語ではあったが、彼は明らかに諸国の変った町々や種々雑多の社会に生きて来た。実際彼の最も愉快な物語の中には地獄のような賭博場、阿片窟、オーストラリアの山賊など、しきりに出没した。師父ブラウンも、かつて名高かったこのサレーダインが最近の数年を旅から旅へと過しつつあるということだけは知っていたが、その旅がかほどに外聞の悪い、もしくはかほどに面白いものだったとはさすがに思いもよらなかった。
 実際公爵は世の事情にたけた人としての品位はあるにはあっても、ブラウン坊さんのような感じの鋭敏な人の眼には、どうもそわそわした、一歩を進めて言えば信用の置けない調子のある人物として見えるのはしかたのない事である。なるほど彼の顔形はいかにもやかまし屋のようには見える。が、その眼光にはどうも荒《す》さんだところがある。彼は酒か薬品かで身体のふるえる人のような神経の傾きがちょいちょいと見える。そして家政上の問題には一度も手を染めたことはないらしい。家の内の事は何から何まで二人の年とった召使にまかせっきりで、殊に給仕頭の方はこの家にとっては大黒柱に相違ないのだ。実際ポウルは給仕頭というよりは一種の家令という方が適切で、もう一歩進んで云えば、侍従ともいいたいくらいである。食事の時にも表立ってこそ食べないが食卓の礼儀は決して主人公爵のそれに負けないのだ。下々の者等も彼をピリピリと怖がっているようだ。そして公爵が彼と相談する時でも、主従の礼儀だけは正しくやるが、どこかに傲慢なところが見えるのだ。むしろ、彼が公爵の法律顧問ででもあるような態度が見えるのだ。それに比べると、陰気な家政婦の方は、まるで日蔭の女である。実際彼女は給仕頭に対しては、己《おの》れを低く屈して、まるで彼の召使か何かのように見える。ブラウンは、彼女が最前公爵の兄と弟について自分に私語したようなあのような猛烈な調子は、あれきり爪の垢ほども聞くことが出来なかった。公爵がその弟大尉……今どこにいるのやら……のために果たしてどれくらいの金を取られたのやら見当がつかなかったが、サレーダイン公爵の様子に何とな
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