彼等の対話は聴取《きと》ることが出来なかった。が、やがてミスター・ポウルの「何事もあなたにお任せします」という声がきこえた。サレーダイン公爵はあいかわらず手袋をパタパタとたたきながら、来客達に挨拶するために機嫌のよさそうな顔をして部屋の中にはいって来た。彼等はもう一度かの薄気味悪い光景を眼にした――五人の公爵が五つの扉《ドア》からはいって来たのを。
公爵は白い帽子と黄いろい手袋を卓子《テーブル》の上に置いて、すこぶる慇懃に手を差出した。
「これはようこそお越し下すった、フランボーさん」と彼が云った。「あなたの事はもうよう存じておりましてな――御令聞‥‥と申上げて失礼でございませんなら」
「いやその御心配には及びませんハハハハハハ」とフランボーは笑いながら答えた。「私は神経質ではないですから。しかし、とかく顕《あら》われんものは善徳ですよ」
公爵は相手のこの返報が、何か自分の事を云っているのではないかと思って、相手の顔をチラリとぬすみ見た。が、やがて自分も笑い出しながら、一同に椅子をすすめ、自分も腰かけた。
「ちょっと悪くない場所でな、ここは」と彼はくつろいだ調子で云った。「格別珍らしいものと云ってはないが、しかし釣だけは全く名物ですよ」
坊さんは嬰児のような生真面目な眼付をして公爵の顔に見入っていたが、何といって捕捉する事の出来ない隠微《かすか》な幻のようなものがちょいちょい頭の中で動めいた。彼は綺麗に分けた霜のような頭髪、黄味をおびた色白の顔、きゃしゃな、幾分めかした姿などに見入った。それ等は決して不自然という感じを与えるほどではなかったが、舞台裏の俳優の扮装した姿のように、何となくこってりしたあくどさがあった。名状しがたいような興味はむしろ他の点に、顔の輪廓そのものにあった。この顔の型はどこかで見覚えがあるようだなと思ったが、憶出せないので苛立った。誰か知らん、昔馴染の友達の着飾った姿のような気がした。
公爵は愛嬌たっぷりな頓智のよい応待振りを発揮しながら、二人の客人の間に心を配って相手を外させなかった。探偵が娯楽が大好きで、大いに保養の実をあげたがっているらしい様子を見ては、フランボーやフランボーの持舟を居廻りの一番よく釣れる場所へ案内するかと思うと、二十分以内には自分だけ先きに自分用の撓舟《かいぶね》で帰って来て、読書室に居る師父ブラウンのそばへ行っ
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