った皮膚のゆるんだ――だが、眼にだけ、異状な光と、熱とを持った、少し、臭気のある呼吸《いき》。それが、獣のように…………………………思い出して、憎悪が、肌中を、毛虫のように、這い廻った。だが、その嫌忌すべき夫の顔を取除いて、そうした事を思出すと、夫人の血管の中には、熱を含んだ愛欲が、滲み出してきた。
「いいえ。」
 夫人は、そう答えたが、微《かす》かに、(同じ死ぬなら、早い方がいい、妾《わたし》も、すっかり、看護に疲れたわ)と、思ったし、すぐ、その次の瞬間に、
(まだ、若くて、美しいんだから――)
 と、思って、自分の両手を、並べて眺めた。
 そして、
「こんなに、荒れたわ。」
 と、いった。そして、そういいながら、自分を誘惑した男、戯談《じょうだん》のようにいい寄った夫の同僚の一人、手を握った会社の課長、酔って接吻をしようとした親族の男などを、壊《くだ》けた鏡に写っている記憶のように、きらきらと、閃《ひらめ》かせた。
「俺が、死んで――もし、男が欲しくなったなら――」
「嫌、そんな話。」
 夫人は、夫のきている毛布の中へ、手を差込んで、夫の指を握った。
「そんな事、考えないで、早く、
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