こんな恋愛が、そんなに考察に価して?」
夫人は、ほのかに、香料を漂わせながら、近々と、凝視している、情熱的な眼へ、微笑でいった。
「僕には。」
男は、手に力を込めた。
「ロボット以下だわ。」
「以下?――どうして?」
「人間は考えられるだけ下等なのね。ロボットは、する事だけをして、何も考えないわよ。」
「だから、機械じゃありませんか。」
「人間より幸福な。」
「自ら幸福という事を感じえない幸福は、人間には存在しませんよ」
「幸福を十分に感じる人間は、不幸も十分に感じるわね。」
「それが、人生です。」
「一九三〇年代までの。」
「永久の。」
「ロボットを学べ、鈴木金作。したい事をして、悔《くい》を感じない人生。」
「じゃあ、僕と、今、さよならしても、奥さんは、感じない? 何も?」
「あんたの出て行く、一歩、後から、次の男を求めに行く。」
「僕は、さよならしない。」
男は、眼に、手に、力を入れた。
「人間の男の取柄は、その情熱の昂進してくる所だけね。」
「ロボットの方が――」
男は、情熱が、血管の中で、溢れてきたのを感じた。夫人は、男の顔が近づくのに、押されるように、クッションの中へ、だんだん凭《もた》れ込みながら、
「自分の意志のままになるロボットもいいし、自分の意志以外の方法を教えてくれる男もいいわ。ロボットが、俊太郎が出来て以来、女性の感覚は、二倍によくなったわ。」
夫人は、朗かに笑って、じっと男の眼をみつめた。
四
「このベッドは、御前と、俺とだけのものにしておきたい。」
俊太郎は、凹んだ眼の中から、力のない表情でいった。
「ええ。」
「ここだけは、汚してはいけない。」
「誓うわ。」
「そうかい――じゃ、このロボットを大事にしてくれ。俺だと思って。」
「随分、精巧なのね。」
皮膚の感じ、体温、その素晴らしい機能、その微量の電気による魅惑的な刺激、それは、機械によって、感じる――機械によってのみ感じえられる、女性にとっても驚くべきものであった。
「俺は、機械技師だが――このロボットに対してだけは、生理学的の研究を加えてある。」
「そうらしいわね。」
「それから――同時に、俺は、霊魂の神秘を、信じる事ができる。」
「霊魂?」
「ロボットを愛さなくなれば、彼奴《あいつ》は、御前に復仇する。」
「あのロボットが――」
「ああ。」
「どんな復讐?」
「殺す。」
夫人は、黙って――だが、心の中では、この執拗な愛に、憎悪と、軽蔑とを感じて、
「そう。」
と、一言だけ、軽くいった。
「もう、二、三日しかもつまいが――俺は、俺の精神をこめた、三号ロボ以外に、御前を渡したくないんだ。」
「また始まったのね。よく、判っているわ。」
「俺にも、よく判っているから、幾度もいうんだ。御前は、もう、独身で居れなくなっているから――」
「だから、ロボさんを愛していたらいいじゃないの。」
窓は半分閉じて、カーテンがかかっていたし、ベッドの半分にも、カーテンがかかっていた。壁の織物、クルミ床の上の支那絨氈、大きいスタンド、白大理石の鏡台、そんな物が、悉く、陰鬱に、黙り込んでいた。夫人は、
(誰か、見舞人でも、来ないかしら)
と、ちらっと、考えたり、ロボットの巧妙な、そして、人間とはちがった異状な感覚を、回想したりしていた。
「ロボットの霊魂――あるよ。」
俊太郎は、呟いた。
「嫉妬する?」
「ロボットは、御意《ぎょい》のままか、然《しか》らずんば、破壊か、だ。」
「そうね。」
夫人は、口だけで答えた。そして、機械人《ロボット》と、新らしい愛人との比較を、頭の中で、灼けつくように考えていた。
「もう、四時だわ。お薬を上る時間よ。」
夫人は、腕時計をみて、(もう来る時分《じぶん》だのに――)と思った。
「侵入者を防ぐためのロボットで、自分を壊さぬよう注意してくれ。ね。」
「ええ。」
そう答えた時、看護婦が、ノックして入ってきた。
五
「実に、精巧なものだ。ちっとも、人間とちがわんじゃないか。」
告別式に来た人々は、ロボットの手を握ったり、頬を撫でたりして称《ほ》めた。
「称めていいか、けなしていいか――宗教が、人間を救った方が多いか、苦しめ、迷わした方が多いか、判らないように、科学の発達も、功罪不明だね。」
「ロボットのごとき、明かに、人間の職を奪ったからね。」
人々は、壁の所の椅子に凭れて、煙を、部屋中に立籠《たちこ》めながら、話声を、充満させていた。
「全く、科学上の一つの重大発見は、社会の、経済の、根底を動揺させるからね。レーヨンの発達が、生糸を圧迫し、生糸の生産原価の低廉が、綿糸へ影響し、そのレーヨンが、近来、人造羊毛のために、四苦八苦しているなんざ、よくしたものさ。」
「アメリカでは、携帯用のロ
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