を、夫人は、じっと眺めていたが――その腹部の、特殊装置の、部分を完成する少し前に、彼は、病気になった。そして、今、それを完成しようとしているのであった。
 冷かに光ったベアリングが、前後に、左右に、円滑な運動のできるよう、適当に噛合っていて、電気の通じてくる銅線、液体の入ったゴム袋。それを上下から圧迫するように装置されたニッケル板――それらの物を、適宜に、操作出来るよう、ロボットの背の下部に、三箇のボタンがあった。
 俊太郎は、少し口を開いて、時々、肩で、呼吸《いき》をしながら、狂的な空虚《うつろ》な眼を光らせて、ピンセットで、誘導線を直したり、スイッチを捻って、ベアリングの運動を試めしたり――そして、
「これが、第一の贈物。」
 と、呟いた。それから、暫く、眼を閉じて、疲労を休めてから、腹部の蓋を閉じて、静かに、ロボットを抱き上げた。足部は、重かったが、桐のように軽るいロボットは、俊太郎のベッドの上へ、横になった。俊太郎は、水差から水をのんで、ロボットを、うつ伏せにして、枕元のベルを押した。
「はい。」
 次の部屋から、看護婦が返事をして、すぐ、扉を開けて出てきた。そして、ロボットを見ると、
「あら。」
 それは、動いてはならぬ病人の不謹慎さを叱責する声であった。俊太郎は、険しい眼をして、
「ここへ、一寸、腰をかけて。」
 ベッドを、指した。
「お起きになっては、御身体に、大変さわりますよ。」
「ここへ、かけてくれ給え。」
 そういって、俊太郎は、ベッドの中へ、入った。看護婦が毛布を着せた。
「かけ給えったら。」
「かけるだけでございますか。」
 女は、ベッドの端で、いった。俊太郎は、頷いた。そしてロボットを見ていた。看護婦が、ベッドへ腰を降ろすと同時に、ロボットは、投出していた両手で――右手は、ベッドの端を左手で下の毛布を掴んだ。そして、把握力が加わってくるらしく、毛布を掴んだまま、俊太郎の身体ぐるみ、じりじりと、自分の方へ引寄せて、両手で、胸を抱くように――右手は、藁蒲団《わらぶとん》ぐるみ、強烈な力で、引寄せかけた。
「よしっ、立って。」
 俊太郎が、こういって、看護婦が立つと同時に、ロボットは、操作を止めた。
「あっちへ行って――」
「ええ、そのロボット――」
 看護婦は、俊太郎の、病的な神経を恐れながら、そういうと、
「もう用はない。」
「はい――余り、無理を――」
「判ってる。」
 看護婦が去った。俊太郎は、仰向きになったまま、暫くじっとしていたが、いつも、ロボットを置いてある、扉の所から、ベッドまでの距離を、頭の中で計りながら、(ベッドに、重量が加わると同時に、ロボットが、自動運動を始めて、ベッドの方へ来る装置――ベッドの下のバネが――そうだ、バネが、リズミカルに、動く――その、ある度数を経た時に、ロボットが、行動を起す――それがいい。装置は、簡単だ)
 俊太郎は、そう考えて、
「第二の贈物だ。」
 と、呟いた。

    三

 夫人は、和服で、膝を重ねていた。絨氈《じゅうたん》の上に、長襦袢の裾が、垂れていた。クッションの中へ、埋まって、煙草を喫いながら、
「そりゃ、愛してるわ。」
 男を、そういって、ちらっと見て、男の眼の微笑を見ると同時に、
「正確にいうと、愛していた、だわ」
「病気になったり、愛されなくなったり――二重に不幸ですね。」
「自ら招いた責任よ。夫の資格が、半分無くなっているのに、妾《わたし》にだけ、同じでいろなんて、不合理よ。」
 男は、左手を、椅子の後方へ廻して、夫人の、頸《くび》を抱いた。夫人は、煙を、男の顔へ、吹っかけて、
「その代り、癒《なお》れば、元々どおりに、愛してやってもいいわ。」
「僕は、どう成るんです、その時――」
「判らない。」
「二つの場合がありますね。」
「そうよ。」
 夫人は、そういって、重ねている左脚の先で、男の、靴を押した。
「一つはさよなら、一つはこのまま。」
「そうよ。」
「一体、どっちなんです。」
「そんな事、今から考えてどうするの。」
「だって、僕にとっては、重要問題です。」
「さよなら、をすると、いったら、現在の状態が、変化する?」
「いくらか――」
「気持の上で。」
「ええ。」
「じゃあ、変化するがいいわ。さよなら、をするわ。さ、変化して頂戴。」
 夫人は、顔を正面にして、男を見た。
「どう変化した?」
「そう、急には。」
「変れない?」
「だって――さよならが、嘘だか、本当だか――」
「本当にするのよ。だから、変って頂戴。」
 男は、夫人の頸を、引寄せようとした。夫人は、その手を掴んで、
「変らなけりゃ、嫌。」
 男は、黙って、夫人の左手をとった。夫人は、身体を反らして、
「変れないの?」
「よく考えておきましょう。」
「そう、よく考えておくって
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