んな、馬鹿馬鹿《ばかばか》しい感情はないですが、ロボを愛するという事は、結局、僕に、資格がない、という事を語っていますからね。侮辱の一種だと思いますよ。」
「じゃ、妾《わたし》が、このパイプを愛しても。」
「パイプはちがいますよ。」
「そういえば、そうね。愛する形式と、感情の変った手遊《おもちゃ》が、妾には、一つ増えたわけね。――そういえば――どういったらいいんでしょう。確かに、可愛いいわ。妾の意思がそのままに通じるでしょう。だから、半分は、自分を愛しているようなものね。自分が、両性を具備したような、妙な、感覚と、感情とは、たしかにあるわ。そして――感覚は、刺激的な事ほど、喜ぶでしょう。異状な感覚ほど――妾、あのロボさんの、金属の香が、好きになったの、冷たい、くすぐったい、――」
 体臭に近い、獣的な香水の匂が、漂っていた。夫人は、ロボットの胸に描いたのと同じ、草花のデザインを、青と、朱《あか》と、紫とで、化粧した胸に描いていたし、露出した脚には皮膚の上へ、鮮かな塗料で、幾筋もの、線が引かれていた。それは、足を長く見せると同時に、魅惑的な、肉体装飾でもあった。
「それから、人間の力って、知れたものだけど、ロボさんのは無限よ。女性って、だんだん、その力を耐《こら》えて行く内に、男性なんか、つまんなくなってくるわ。でも、いい所も、人間にはあるわね。」
「じゃ[#「じゃ」は底本では「じや」]、僕とは――」
「………………………………。」
「二週間という約束でしたから、僕は――」
「憶えているわ。五時って。」
「それに――」
「五時二十分に来たでしょう。ロボさんなら、五時が、一つ、二つ打った時、ノックするわよ。」
「恋愛にさえ、ロボ助が、勝つようになっては、人類の最後ですね。」
「ええ、生殺与奪は、女性の手へ、戻ってきた訳ね。」
「そうらしいです。」
 男は、立上った。そして、扉を開けて、次の部屋へ入った。その右側には、新らしい、レーヨンの色彩的な、日本的パジャマをきたロボットが、微笑《ほほえ》んでいた。男は、じっと、眺めて、
「ロボ助。」と、いった。
「は――」ロボが、答えた。
「奥さん、ロボ助っても、通じますね。」
 夫人は、薄絹の下の、彩色した身体を、歩ませながら、
「ロボ、だけは通じます。」
「君は、夫人を、愛しているか。」
「は。」
 男は、ロボの顔を凝視していた
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