を渓声の高い方へと私達はたどつて行つた。
夜露にぬれた叢があつたり、田の畔のやうな足元のわるいところがあつたりして、女は度々声を立てたが、漸く私達は新しく建てたらしい深樹の中の灯の美しく見える二階屋へと案内された。
しかし来るのが遅かつたので、二階はみんなふさがつてゐた。「まア、兎に角」と言つて通された処は、宿の人達のゐるつゞきで、其処にすら浴衣がけになつた客が既に一人控へて居た。失望したけれども、何うするわけにも行かなかつた。かうした山の中に来ては、そんな贅沢なことは言つては居られなかつた。
しかし茶代を下した効目で、前にゐた客は、本店の方に行くことになつて、兎に角その一間は私達の占領することが出来るやうになつた。それに、宿の主人夫妻が何彼と深切に歓待して呉れた。後には、母親は「田舎の親類にでも招ばれて来たやうな気がしますね。」などと言つた。
私は女と一緒に闇の中を渓の畔まで出て行つたりした。二階の灯は静かに新緑の中に青く見えた。
風呂は五右衛門風呂であつた。母親は出て来て勧めたけれど「私はよすわ。」と言つて女は遂にそれに入らなかつた。女は金盥に一杯湯を貰つて体を拭いた。
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