ゐ》の卑《いや》しい女が、色の褪《さ》めた赤い腰巻を捲《まく》つて、男と立つて話をして居《ゐ》た。其処《そこ》に細い巷路《かうぢ》があつた。洗濯物が一面に干してあつた。
『肥後の八代《やつしろ》とも言はれる町が、まさかこんなでもあるまい。此処《こゝ》は裏町か何かで、賑《にぎや》かな大通《おほどほり》は別にあるだらう』と私《わたし》は思つた。成程《なるほど》、少し行くと、通《とほり》がいくらか綺麗《きれい》になつた。十字に交叉《かうさ》した路《みち》を右に折れると、やがて私《わたし》の選んだ旅店《やどや》の前に車夫は梶棒《かぢぼう》を下《おろ》した。
 私《わたし》の通された室《へや》は、奥の風通しの好《い》い二階であつた。八畳の座敷に六畳の副室があつた。衣桁《えかう》には手拭が一|筋《すぢ》風に吹かれて、拙《まづ》い山水《さんすゐ》の幅《ふく》が床の間に懸《か》けられてあつた。座敷からすぐ瓦屋根に続いて、縁側も欄干《てすり》もない。古い崩れがけた[#「崩れがけた」はママ]黒塀《くろべい》が隣とのしきりをしては居《ゐ》るが、隣の庭にある百日紅《さるすべり》は丁度《てうど》此方《こちら》の
前へ 次へ
全18ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング