ま》ぜて瓶《かめ》にさして供へた。伯母《おば》は其《その》日は屹度《きつと》筍《たけのこ》を土産《みやげ》に持つて来た。長い年月《としつき》――さうして過した長い年月《としつき》を、此《この》墓守の爺《ぢゝ》は、一人さびしく草を除《と》つて掃除して居《ゐ》たのだ。
私《わたし》は墓の前に跪《ひざまづ》いた。
一人息子であつた父の戦死を嘆いた祖父母も死んだ。夫に死なれた為《た》めに、険しいさびしい性格になつて常に家庭の悲劇を起した母も死んだ。難《むづ》かしい母親の犠牲になつた兄も死んだ。
弾丸《たま》を胸部《むね》に受けて、野に横《よこたは》つた父の苦痛と、長い悲しい淋しい生活を続けた母の苦痛と、家庭の悲惨な犠牲になつて青年の希望も勇気も消磨《せうま》しつくして了《しま》つた兄の苦痛と――人生は唯《たゞ》長い苦痛の無意味の連続ではないか。
私《わたし》は父の戦死から生じた総《すべ》ての苦痛を味《あじは》つて来た。絶望が絶望に続き、苦痛が苦痛に続いた。その絶望と苦痛の中《うち》で、私《わたし》は人の夫となり、人の親となつた。総領の男の児《こ》は、丁度《ちやうど》今|私《わたし》が
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