つて居《ゐ》て、十|町《ちやう》と隔《へだゝ》つては居《ゐ》なかつた。其《その》近所と思はれる処《ところ》に行くと、野菜の車を曳いて、向ふから男が遣《や》つて来る。
『官軍の墓地は何《ど》の辺《へん》になりませうか』
 と訊《き》くと、
『官軍の墓地? 何《なん》ですか、それは!』
 と要領を得ぬ答である。
 これこれと説明して聞かせると、それならこの向ふにあるのがそれだらうとのことである。
 私《わたし》は裏道に廻《まわ》つて見た。此処《こゝ》はつい此間《このあひだ》まで元《もと》の停車場《ていしやぢやう》のあつた処《ところ》で、柵などがまだ依然として残つて居《ゐ》た。片側は人家がつゞいてゐるが、向ふは田畝《たんぼ》になつて了《しま》ふので、私《わたし》はまたある家《うち》に立寄つて聞くと、このすぐ向ふだといふ。
 成程《なるほど》、墓地らしいものが田の中《なか》にあつた。周囲に柵が繞《めぐ》らしてある。
 それを少し離れて、二三|軒《げん》の瓦屋根があつて、それに朝日がさした。小さい工場《こうば》の烟筒《えんとつ》からは、細い煙が登つて居《ゐ》る。向ふの街道には車の通る音が絶えず聞
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