える。
田圃道《たんぼみち》にはまだ朝の露が残つて居《ゐ》た。私《わたし》の足袋はしとどに濡れた。辛《から》うじて、瓦屋根の、同じ門のつくりの、鉄道の役員の官舎らしい家《いへ》の前に来ると、其処《そこ》の傍《そば》に車井戸があつて、肥つた下女が朝日を受けて、井戸の鏈《くさり》を音高く繰《く》つて居《ゐ》た。私《わたし》は今一|度《ど》訊《たづ》ねて見た。其《その》下婢《かひ》も矢張《やはり》鍵を預《あづか》つて居《ゐ》る家《うち》を知らなかつた。けれど態々《わざ/″\》家《いへ》に入つて聞いて呉《く》れたので漸《やうや》く解《わか》つた。
鍵を預《あづか》つて居《ゐ》る人は、前の街道を一二|町《ちやう》行つた処《ところ》の、鍛冶屋《かぢや》の隣の饅頭屋《まんぢうや》であつた。場末の町によく見るやうな家《いへ》の構《つくり》で、せいろの中《なか》の田舎|饅頭《まんぢう》からは湯気が立つて居《ゐ》る。上《かみ》さんは手拭《てぬぐひ》を被《かぶ》つてせつせと働いて居《ゐ》た。
朴訥《ぼくとつ》な人の好《よ》ささうな老爺《おやぢ》が、大きな鍵を持つて[#「持つて」は底本では「持って」]私
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