紅白の花が咲いた。
墓を去つて、笠松《かさまつ》の間《あひだ》の路《みち》を街道に出やうとしたのは、それから十分ほど経つてからのことであつた。何《なん》だか去るに忍びないやうな気がした。かうした思《おもひ》を取集めて考へることは、一|生《しやう》中《ちう》幾度《いくど》もないやうにさへ思はれた。人間は唯《たゞ》※[#「總のつくり、怱の正字」、66−下−8]忙《そうばう》の中《うち》に過ぎて行《ゆ》く……味《あぢは》つて居《ゐ》る余裕すらないと又繰返した。
松は濃い影を地上に曳いた。田の境の溝《どぶ》には藺《ゐ》がツンツン出て、雑草が網のやうに茂つてゐた。見て居《ゐ》ると街道には車が通る、馬が通る、児《こ》をたゞ負《おん》ぶした田舎の上《かみ》さんが通る、脚絆《きやはん》甲《かふ》かけの旅人が通る。鍛冶屋《かぢや》の男が重い鉄槌《てつゝち》に力をこめて、カンカンと赤い火花を通《とほり》に散らして居《ゐ》ると、其隣《そのとなり》には建前《たてまへ》をしたばかりの屋根の上に大工が二三人|頻《しき》りに釘を打附《うちつ》けて居《ゐ》た。
底本:「ふるさと文学館 第五〇巻 【熊本】」ぎょうせい
1993(平成5)年9月15日初版発行
底本の親本:「趣味 第4巻4号」易風社
1909(明治42)年
初出:「趣味 第4巻4号」易風社
1909(明治42)年
入力:林田清明
校正:鈴木厚司
2010年3月3日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアのみんなさんです。
前へ 終わり
全5ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング