。勘定《かんじょう》は蟇口《がまぐち》から銀貨や銅貨をじゃらつかせながら小畑がした。可愛い娘《おんな》の子が釣銭と蕎麦湯と楊枝《ようじ》とを持って来た。
 その日の午後四時過ぎには、清三は行田と羽生の間の田舎道を弥勒《みろく》へと歩いていた。野は日に輝いて、向こうの村の若葉は美しくあざやかに光った。けれど心は寂しく暗かった。かれは希望に充《みた》されて通った熊谷街道と、さびしい心を抱いて帰って行く弥勒街道とをくらべてみた。若い元気のいい友だちがうらやましかった。

       十四

 六月一日、今日|成願寺《じょうがんじ》に移る。こう日記にかれは書いた。荻生《おぎゅう》君が主僧といろいろ打ち合わせをしてくれたので、話は容易にまとまった。無人《ぶにん》で食事の世話まではしてあげることはできないが、家《うち》にあるもので入り用なものはなんでもおつかいなさい。こう言って、主僧は机、火鉢、座蒲団、茶器などを貸してくれた。
 本堂の右と左に六畳の間があった。右の室《へや》は日が当たって冬はいいが、夏は暑くってしかたがない。で、左の間を借りることにする。和尚《おしょう》さんは障子の合うのをあっ
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