かれらが「般若《はんにゃ》」という綽名《あだな》を奉《たてまつ》った小使がいた。舎監《しゃかん》のネイ将軍もいた。当直番に当たった数学の教師もいた。二階の階段、長い廊下、教室の黒板、硝子窓から梢だけ見える梧桐《あおぎり》、一つとして追懐《ついかい》の伴わないものはなかった。かれらはその時分のことを語りながらあっちこっちと歩いた。
当直室で一時間ほど話した。同級生のことを聞かれるままその知れる限りを三人は話した。東京に出たものが十人、国に残っているものが十五人、小学校教師になったものが八人、ほかの五人は不明であった。三人は講堂に行ってオルガンを鳴らしたり、運動場に出てボールを投げてみたりした。
別れる前に、三人は町の蕎麦屋《そばや》にはいった。いつもよく行く青柳庵《せいりゅうあん》という家である。奥の一間はこざっぱりした小庭に向かって、楓《もみじ》の若葉は人の顔を青く見せた。ざるに生玉子、銚子《ちょうし》を一本つけさせて、三人はさも楽しそうに飲食した。
「この間、小滝に会ったぜ!」小畑は清三の顔を見て、「先生、このごろなかなか流行《はや》るんだそうだ。土地の者では一番売れるんだろうよ
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