る。熊谷行田間の乗合馬車《のりあいばしゃ》、青縞屋の機回《はたまわ》りの荷車、そのころ流行《はや》った豪家の旦那の自転車、それに俥《くるま》にはさまざまの人が乗って通った。よぼよぼの老いた車夫が町に買い物に行った田舎の婆さんを二人乗りに乗せて重そうにひいて行くのもあれば、黒鴨仕立《くろかもしたて》のりっぱな車に町の医者らしい鬚《ひげ》の紳士が威勢よく乗って走らせて行くのもある。田植時分《たうえじぶん》には、雨がしょぼしょぼと降って、こねかえした田の泥濘《どろ》の中にうつむいた饅頭笠《まんじゅうがさ》がいくつとなく並んで見える。いい声でうたう田植唄も聞こえる。植え終わった田の緑は美しかった。田の畔《あぜ》、街道の両側の草の上には、おりおり植え残った苗の束などが捨ててあった。五月《さつき》晴れには白い繭《まゆ》が村の人家の軒下や屋根の上などに干してあるのをつねに見かけた。
 用水のそばに一軒涼しそうな休《やす》み茶屋《ぢゃや》があった。楡《にれ》の大きな木がまるでかぶさるように繁って、店には土地でできる甜瓜《まくわ》が手桶の水の中につけられてある。平たい半切《はんぎり》に心太《ところてん》
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