いた。
城址《しろあと》の森が黒く見える。沼がところどころ闇の夜の星に光った。蘆《あし》や蒲《がま》がガサガサと夜風に動く。町の灯《あかり》がそこにもここにも見える。
公園から町にはいった。もうそのころは二人は黙っていなかった。郁治は低い声で、得意の詩吟《しぎん》を始めた。心の感激《かんげき》の余波がそれにも残って聞かれる。別れの道の角《かど》に来ても、かれらはなんだかこのまま別れるのが物足らなかった。「僕の家に寄って茶でものんで行かんか」清三がこう誘うと、郁治はついて来た。
清三の母親は裁物板《たちものいた》に向かってまだせっせっと賃仕事をしていた。茶を入れてもらってまた一時間ぐらい話した。語っても語ってもつきないのは若い人々の思いであった。十二時が鳴って、郁治が思いきって帰って行くのを清三はまた湯屋の角《かど》まで送る。町の大通りはもうしんとしていた。
翌日は母も清三も寝過《ねす》ごしてしまった。時計は七時を過ぎていた。清三はあわてて茶漬《ちゃづけ》をかっ込んで出かけた。いくら急いでも四里の長い長い路、弥勒《みろく》に着いたころはもう十時をよほど過ぎた。学校の硝子《がらす》
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