その人から打ち明けられた。それだけかれは苦しかった。またそれだけかれはその問題につきつめていなかった。時には「まだ決まったというわけではない、ぶつかってみて、どうなることかわからない。……希望がすっかり破れてしまったというわけでもない……」などと思うこともある。友のために犠牲になるという気はむろんある。友の恋の成らんことを望む念もある。かれの性質からいっても、家庭の事情からいっても、現在の恋の状態からいっても、はげしく熱するにはまだだいぶ距離もあり余裕もあった。
 しかしその夜は二人とも不思議に胸がおどっていた。黙って歩いていても、その心はいろいろなことを語っていた。野に出ようとすると、昨日の雨に路の悪くなっているところがあった。低い駒下駄はズブズブはいった。
「悪い路《みち》だね」
 二人は互いにこう言いあった。しかし心では二人とも美穂子のことを考えていた。
 郁治にしては、女に対する煩悶《はんもん》、それを残すところなくこの友に語りたいと思った。打ち明けて話したならいくらかこの胸が静まるだろうとも思った。しかしなぜかそれを打ち明けて語る気にはならなかった。
 二人はやっぱり黙って歩
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