話と続いて容易につきようとしなかった。路はいつか士族屋敷のあたりに出た。
 家はところどころにあった。今日まで踏《ふ》みとどまっている士族は少なかった。昔は家から家へと続いたものであるが、今は晨《あした》の星のように畠と畠の間に一軒二軒と残っている。昔ふうの黒いシタミや白い壁や大きい栗の木や柿の木や井字形《せいじがた》の井戸側やまばらな生垣からは古い縁側《えんがわ》に低い廂《ひさし》、文人画を張った襖《ふすま》などもあきらかに見すかされた。夏の日などそこを通ると、垣に目の覚めるようなあかい薔薇《ばら》が咲いていることもあれば、新しい青簾《あおすだれ》が縁側にかけてあって、風鈴《ふうりん》が涼しげに鳴っていることもある。秋の霧の深い朝には、桔※[#「槹」の「白」に代えて「自」、69−12]《はねつるべ》のギイと鳴る音がして茘子《れいし》の黄いろいのが垣から口を開いている。琴の音などもおりおり聞こえた。
 この士族屋敷にはやはりもとの士族が世におくれて住んでいた。役場に出ているものもあれば、小学校の先生をしているものもある。財産があって無為《ぶい》に月日を送っているものもあれば、小規模の養
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