。その病《やまい》は長かった。しだいにやせ衰えて顔は日に日に蒼白《あおじろ》くなった。医師《いしゃ》は診断書に肺結核と書いたが、父母《ちちはは》はそんな病気が家の血統にあるわけがないと言って、その医師の診断書を信じなかった。清三は時々その幼い弟のことを思い起こすことがある。死んだ時の悲哀《かなしみ》――それよりも、今生きていてくれたなら、話相手になって、どんなにうれしかったろうと思う。そのたびごとにかれは花をたずさえて墓参りをした。
 日曜日の朝、かれは樒《しきび》と山吹とを持って出かけた。庫裡《くり》で手桶《ておけ》を借りて、水をくんで、手ずから下げて裏へ回った。墓石はまだ建ててなく、風雨にさらされて黒くなった墓標が土饅頭《どまんじゅう》の上にさびしく立っている。父母も久しくお参りをせぬとみえて、花立ては割れていた。水を入れてもかいがなかった。
 清三の姿は久しくその前に立っていた。もう五月の新緑があたりをあざやかにして、老鶯《ろうおう》の声が竹藪《たけやぶ》の中に聞こえた。
 午後からは、印刷所に行ったり石川を訪問したりした。今日、弥勒《みろく》に帰らぬと、明日は少なくも朝の四時に
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