はその葉書を畳の上において、
「今度は貴嬢《あなた》も浦和にいらっしゃるんでしょう?」
「私などだめ」
 と雪子は笑った。
 その笑顔を清三は帰路《きろ》の闇の中に思い出した。相対していたのはわずかの間であった。その横顔を洋燈《らんぷ》が照らした。つねに似ず美しいと思った。ツンとすましたようなところがあるのをいつも不愉快に思っていたが、今宵はそれがかえって品があるかのように見えた。美穂子の顔が続いて眼前を通る。雪子の顔と美穂子の顔が重なって一つになる……。田の畦《あぜ》に蛙の声がして、町の病院の二階の灯《あかり》が窓からもれた。
      *      *     *     *     *
 町の裏に小さな寺があった。門をはいると、庫裡《くり》の藁葺《わらぶき》屋根と風雨《ふうう》にさらされた黒い窓障子が見えた。本堂の如来《にょらい》様は黒く光って、木魚《もくぎょ》が赤いメリンスの敷き物の上にのせてある。その裏にある墓地には、竹藪《たけやぶ》が隣の地面を仕切って、墓石にはなめくじのはったあとがありありと残っていた。その多い墓石の中に清三の弟の墓があった。弟は一昨年の春十五歳で死んだ
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