にあって、門に三田ヶ谷村弥勒高等|尋常《じんじょう》小学校と書いた古びた札がかかっている。授業中で、学童の誦読《しょうどく》の声に交《まじ》って、おりおり教師の甲走《かんばし》った高い声が聞こえる。埃《ほこり》に汚《よご》れた硝子《がらす》窓には日が当たって、ところどころ生徒の並んでいるさまや、黒板やテーブルや洋服姿などがかすかにすかして見える。出《で》はいりの時に生徒でいっぱいになる下駄箱のあたりも今はしんとして、広場には白斑《しろぶち》の犬がのそのそと餌をあさっていた。
 オルガンの音がかすかに講堂とおぼしきあたりから聞こえて来る。
 学校の門前《もんぜん》を車は通り抜けた。そこに傘屋《かさや》があった。家中《うちじゅう》を油紙やしぶ皿や糸や道具などで散らかして、そのまんなかに五十ぐらいの中爺《ちゅうおやじ》がせっせと傘を張っていた。家のまわりには油を布《し》いた傘のまだ乾《かわ》かないのが幾本となく干《ほ》しつらねてある。清三は車をとどめて、役場のあるところをこの中爺にたずねた。
 役場はその街道に沿《そ》った一かたまりの人家のうちにはなかった。人家がつきると、昔の城址《しろあと
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