火鉢がまんなかに置かれてあった。
助役は肥《ふと》った背《せ》の低《ひく》い男で、縞《しま》の羽織を着ていた。視学からの手紙を見て、「そうですか。貴郎《あなた》が林さんですか。加藤《かとう》さんからこの間その話がありました。紹介状《しょうかいじょう》を一つ書いてあげましょう」こう言って、汚《きた》ない硯《すずり》箱をとり寄せて、何かしきりに考えながら、長く黙って、一通の手紙を書いて、上に三田《みた》ヶ|谷《や》村《むら》村長石野栄造様という宛名《あてな》を書いた。
「それじゃこれを弥勒《みろく》の役場に持っていらっしゃい」
二
弥勒まではそこからまだ十町ほどある。
三田ヶ谷村といっても、一ところに人家がかたまっているわけではなかった。そこに一軒、かしこに一軒、杉の森の陰に三四軒、野の畠《はた》の向こうに一軒というふうで、町から来てみると、なんだかこれでも村という共同の生活をしているのかと疑われた。けれど少し行くと、人家が両側に並び出して、汚ない理髪店、だるまでもいそうな料理店、子供の集まった駄菓子屋などが眼にとまった。ふと見ると平家《ひらや》造りの小学校がその右
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