ひたいがみ》を手拭いでまいた子守りが二三人遊んでいる。大きい銀杏《いちょう》の木が五六本、その幹と幹との間にこれから織ろうとする青縞《あおじま》のはたをかけて、二十五六の櫛《くし》巻きの細君が、しきりにそれを綜《へ》ていた。
「おもしろい人だねえ」
 清三は友をかえりみて言った。
「あれでなかなかいい人ですよ」
「僕はこんな田舎《いなか》にあんな人がいようとは思わなかった。田舎寺には惜しいッていう話は聞いていたが、ほんとうにそうだねえ。……」
「話|対手《あいて》がなくって困るッて言っていましたねえ」
「それはそうだろうねえ君、田舎には百姓や町人しかいやしないから」
 二人は山門を過ぎて、榛《はん》の木の並んだ道を街道に出た。街道の片側には汚ない溝《みぞ》があって、歩くと蛙《かえる》がいく疋《ひき》となくくさむらから水の中に飛び込んだ。水には黒い青い苔やら藻《も》やらが浮いていた。
 大和障子《やまとしょうじ》をなかばあけて、色の白い娘が横顔を見せて、青縞をチャンカラチャンカラ織っていた。
 その前を通る時、
「あのお寺の本堂に室《へや》がないだろうか?」
 こう清三はきいた。
「あり
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