緑葉の野に出たような気がした。今ではそれがこうした生活に逆戻《ぎゃくもど》りしたくらいであるから、よほど鎮静《ちんせい》はしているが、それでもどうかすると昔の熱情がほとばしった。
「人間は理想がなくってはだめです。宗教のほうでもこの理想を非常に重く見ている。同化する、惑溺《わくでき》するということは理想がないからです。美しい恋を望む心、それはやはり理想ですからな、……普通の人間のように愛情に盲従したくないというところに力がある。それは仏も如是《にょぜ》一|心《しん》と言って霊肉の一致は説いていますが、どうせ自然の力には従わなければならないのはわかっていますが――そこに理想があって物にあこがれるところがあるのが人間として意味がある」
持ち前の猫背をいよいよ猫背にして、蒼《あお》い顔にやや紅《くれない》を潮《ちょう》した熱心な主僧の態度と言葉とに清三はそのまま引き入れられるような気がした。その言葉はヒシヒシと胸にこたえた。かつて書籍で読み詩で読んだ思想と憧憬《しょうけい》、それはまだ空想であった。自己のまわりを見回しても、そんなことを口にするものは一人もなかった。養蚕《ようさん》の話でな
前へ
次へ
全349ページ中66ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング