科と習字とを教えた。
 夜は宿直室に泊まった。宿直室は六畳で、その隣に小使|室《べや》があった。小使室には大きな囲爐裏《いろり》に火がかっかっと起こって、自在鍵《じざいかぎ》につるした鉄瓶《てつびん》はつねに煮えくりかえっていた。その向こうは流《なが》し元《もと》で、手桶のそばに茶碗や箸《はし》が置いてあった。棚には桶《おけ》と摺《す》り鉢《ばち》が伏せてあった。
 その夜は大島訓導の宿直で、いろいろ打ち解けて話をした。かれは栃木県のもので、久しく宇都宮に教鞭《きょうべん》をとっていたが、一昨年埼玉県に来るようになって、ちょっと浦和にいて、それからここに赴任《ふにん》したという。家は大越在《おおごえざい》で、十五歳になる娘と九歳になる男の児《こ》がある。初めて会った時と打ち解けて話し合った時と感じはまるで違っていた。大島先生は一合の晩酌《ばんしゃく》に真赤になって、教育上の経験やら若い者のためになるような話やらを得意になってして聞かせた。
 湯屋が通りにあった。細い煙筒《えんとつ》から煙《けむり》が青く黒くあがっているのを見たことがある。格子戸が男湯と女湯とにわかれて、はいるとそこに番
前へ 次へ
全349ページ中61ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング