ららちがあかんな」と言って声高くその中年の男は笑った。一人は町の豪家の書画道楽の主人で、それが向こうから来ると、父親はていねいに挨拶《あいさつ》をして立ちどまった。「この間のは、どうも悪いようだねえ、どうもあやしい」と向こうから言うと、「いや、そんなことはございません。出所がしっかりしていますから、折り紙つきですから」と父親はしきりに弁解した。清三は五六間先からふり返って見ると、父親がしきりに腰を低くして、頭を下げている。そのはげた額を、薄い日影がテラテラ照らした。
 加須《かぞ》に行く街道と館林《たてばやし》に行く街道とが町のはずれで二つにわかれる。それから向こうはひろびろした野になっている。野のところどころにはこんもりとした森があって、その間に白堊《しらかべ》の土蔵などが見えている。まだ犁《くわ》を入れぬ田には、げんげが赤い毛氈《もうせん》を敷いたようにきれいに咲いた。商家の若旦那らしい男が平坦な街道に滑《なめ》らかに自転車をきしらして来た。
 路は野から村にはいったり村から野に出たりした。樫《かし》の高い生垣《いけがき》で家を囲んだ豪家もあれば、青苔《あおごけ》が汚なく生《は》え
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