白楊《やなぎ》がもう青々と芽を出していたが、家鴨《あひる》が五六羽ギャアギャア鳴いて、番傘と蛇《じゃ》の目《め》傘《がさ》とがその岸に並べて干されてあった。町に買い物に来た近所の百姓は腰をかけてしきりに饂飩《うどん》を食っていた。
 並んで歩く親子の後ろ姿は、低い庇《ひさし》や地焼《じやき》の瓦《かわら》でふいた家根や、襁褓《むつき》を干しつらねた軒や石屋の工作場や、鍛冶屋《かじや》や、娘の青縞を織っている家や、子供の集まっている駄菓子屋などの両側に連なった間を静かに動いて行った。と、向こうから頭に番台を載せて、上に小旗を無数にヒラヒラさしたあめ屋が太鼓をおもしろくたたきながらやって来る。
 父親は近在の新郷《しんごう》というところの豪家に二三日前書画の幅《ふく》を五六品預けて置いて来た。今日行っていくらかにして来なければならないと思って、午後から弥勒《みろく》に行く清三といっしょに出かけて来たのである。
 ここまで来る間に、父親は町の懇意な人に二人会った。一人は気のおけないなかまの者で、「どこへ行くけえ? そうけえ、新郷へ行くけえ、あそこはどうもな、吝嗇《けち》な人間ばかりで、ねっか
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