ッてしかたがない。「もう寝よう」と思って、起き上がって、暗い洋燈《らんぷ》を手にして、父母の寝ている夜着のすそのところを通って、厠《かわや》に行った。手を洗おうとして雨戸を一枚あけると、縁側に置いた洋燈《らんぷ》がくっきりと闇を照らして、ぬれた南天の葉に雨の降りかかるのが光って見えた。
障子を閉《た》てる音に母親が眼を覚まして、
「清三かえ?」
「ああ」
「まだ寝ずにいるのかえ」
「今、寝るところなんだ」
「早くお寝よ……明日が眠いよ」と言って、寝返りをして、
「もう何時だえ」
「二時が今鳴った」
「二時……もう夜が明けてしまうじゃないか、お寝よ」
「ああ」
で、蒲団《ふとん》の中にはいって、洋燈《らんぷ》をフッと吹き消した。
八
翌日、午後一時ごろ、白縞《しろじま》の袴《はかま》を着《つ》けて、借りて来た足駄《あしだ》を下げた清三と、なかばはげた、新紬《しんつむぎ》の古ぼけた縞の羽織を着た父親とは、行田の町はずれをつれ立って歩いて行った。雨あがりの空はやや曇《くも》って、時々思い出したように薄い日影がさした。町と村との境をかぎった川には、葦《あし》や藺《い》や
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