てあった。小さい丸髷《まるまげ》とはげた頭とが床を並べてそこに寝ていた。母親はつい先ほどまで眼を覚ましていて、「明日眠いから早くおやすみよ」といく度となく言った。
「ランプを枕元《まくらもと》につけておいて、つい寝込《ねこ》んでしまうと危いから」とも忠告した。その母親も寝てしまって、父親の鼾《いびき》に交って、かすかな呼吸《いき》がスウスウ聞こえる。さらぬだに紙の笠《かさ》が古いのに、先ほど心《しん》が出過ぎたのを知らずにいたので、ホヤが半分ほど黒くなって、光線がいやに赤く暗い。清三は借りて来た「明星」をほとんどわれを忘れるほど熱心に読《よ》み耽《ふけ》った。
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椿それも梅もさなりき白かりきわが罪問はぬ色《いろ》桃《もも》に見る
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 わが罪問はぬ色桃に見る、桃に見る、あの赤い桃に見ると歌った心がしみじみと胸にしみた。不思議なようでもあるし、不自然のようにも考えられた。またこの不思議な不自然なところに新しい泉がこんこんとしてわいているようにも思われた。色《いろ》桃《もも》に見ると四の句と五の句を分けたところに言うに言われぬ匂いがあるようにも思
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