に好《す》かれるような点はなかった。
 若い者の苦しむような煩悶《はんもん》はかれの胸にもあった。清三にくらべては、境遇もよかった。家庭もよかった。高等師範にはいれぬまでも、東京に行って一二年は修業するほどの学費は出してやる気が父親にもある。それに体格がいいだけに、思想も健全で、清三のようにセンチメンタルのところはない。清三が今度の弥勒《みろく》行きを、このうえもない絶望のように――田舎《いなか》に埋《うずも》れて出られなくなる第一歩であるかのように言ったのを、「だッて、そんなことはありゃしないよ、君、人間は境遇に支配されるということは、それはいくらかはあるには違いないが、どんな境遇からでも出ようと思えば、出て来られる」と言ったのでも、郁治の性格の一部はわかる。
 その時、清三は、
「君はそういうけれど、それは境遇の束縛の恐ろしいことを君が知らないからだよ、つまり君の家庭の幸福から出た言葉だよ」
「そんなことはないよ」
「いや、僕はそう思うねえ、僕はこれっきり埋《うも》れてしまうような気がしてならないよ」
「僕はまた、かりに一歩|譲《ゆず》って、人間がそういう種類の動物であると仮定して
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