もみ》があると人から思われていた。鬚《ひげ》はなかば白く、髪にもチラチラ交《まじ》っているが、気はどちらかといえば若いほうで、青年を相手に教育上の議論などをあかずにして聞かせることもあった。清三と郁治と話している室《へや》に来ては、二人を相手にいろいろなことを語った。
 門をあけると、ベルがチリチリンと鳴った。踏み石をつたって、入り口の格子戸の前に立つと、洋燈《らんぷ》を持って迎えに出たしげ子の笑顔が浮き出すように闇の中にいる清三の眼にうつった。
「林さん?」
 と、のぞくようにして見て、
「兄さん、林さん」
 と高い無邪気な声をたてる。
 父親は今日熊谷に行って不在であった。子供がいないので、室がきれいに片づいている。掃除も行き届いて、茶の間の洋燈《らんぷ》も明るかった。母親は長火鉢の前に、晴れやかな顔をしてすわっていた。雪子は勝手で跡仕舞《あとじま》いをしていたが、ちょうどそれが終わったので、白い前掛けで手を拭き拭き茶の間に来た。
 挨拶をしていると、郁治は奥から出て来て、清三をそのまま自分の書斎につれて行った。
 書斎は四畳半であった。桐《きり》の古い本箱が積み重ねられて、綱鑑易
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