い》と白の木槿《もくげ》が咲いたり、胡瓜《きゅうり》や南瓜《とうなす》が生《な》ったりした。緑陰《りょくいん》の重《かさ》なった夕闇に螢《ほたる》の飛ぶのを、雪子やしげ子と追い回したこともあれば、寒い冬の月夜を歌留多《かるた》にふかして、からころと跫音《あしおと》高く帰って来たこともあった。細い巷路《こうじ》の杉垣の奥の門と瓦屋根、それはかれにとってまことに少なからぬ追憶《おもいで》がある。
今日は桜の葉をとおして洋燈《らんぷ》の光がキラキラと雨にぬれて光っていた。雪子の色の白いとりすました顔や、繁子のあどけなくにこにこと笑って迎えるさまや、晩酌に酔って機嫌よく話しかける父親の様子《ようす》などがまだ訪問せぬうちからはっきりと目に見えるような気がする。笑い声がいつも絶えぬ平和な友の家庭をうらやましく思ったことも一度や二度ではなかった。
郡視学といえば、田舎《いなか》ではずいぶんこわ[#「こわ」に傍点]持《も》てのするほうで、むずかしい、理屈ぽい、とりつきにくい質《たち》のものが多いが、郁治の父親は、物のわかりが早くって、優しくって、親切で、そして口をきくほうにかけてもかなり重味《お
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