どもの挨拶し合っている向こうに雪子の立っているのをちょっと見て、すぐ眼をそらした。
郁治の母親は清三の顔を見て、
「お帰りになりましたね、郁治が待っておりますから……」
「今夜あがろうと思っていました」
「それじゃ、どうぞお遊びにおいでくださいまし、毎日行ったり来たりしていた方が急においでにならなくなると、あれも淋《さび》しくってしかたがないとみえましてね……それに、ほかに仲のいいお友だちもないものですから……」
郁治の母親はやがて帰って行く。清三も母親もふたたび茶湯台《ちゃぶだい》に向かった。親子はやはり黙って夕飯を食った。
湯を飲む時、母親は急に、
「雪さん、たいへんきれいになんなすったな!」
とだれに向かって言うともなく言った。けれどだれもそれに調子を合わせるものもなかった。父親の茶漬けをかき込む音がさらさらと聞こえた。清三は沢庵《たくあん》をガリガリ食った。日は暮れかかる。雨はまた降り出した。
六
加藤の家は五町と隔たっておらなかった。公園道のなかばから左に折れて、裏町の間を少し行くと、やがていっぽう麦畑いっぽう垣根《かきね》になって、夏は紅《くれな
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