免なさい」という声を先にたてて、建《た》てつけの悪い大和障子《やまとしょうじ》をあけようとする人がある。
 母親が立って行って、
「まア……さあ、どうぞ」
「いいえ、ちょっと、湯に参りましたのですが、帰りにねえ、貴女《あなた》、お宅へあがって、今日は土曜日だから、清三さんがお帰りになったかどうか郁治《いくじ》がうかがって来いと申しますものですから……いつもご無沙汰ばかりいたしておりましてねえ、まアほんとうに」
「まア、どうぞおかけくださいまし……、おや雪さんもごいっしょに、……さア、雪さん、こっちにおはいりなさいましよ」
 と女同士はしきりにしゃべりたてる。郁治の妹の雪子はやせぎすなすらりとした田舎《いなか》にはめずらしいいい娘だが、湯上がりの薄く化粧《けしょう》した白い顔を夕暮れの暗くなりかけた空気にくっきりと浮き出すように見せて、ぬれ手拭いに石鹸箱を包んだのを持って立っていた。
「さア、こんなところですけど……」
「いいえ、もうそうはいたしてはおりませんから」
「それでもまア、ちょっとおかけなさいましな」
 この会話にそれと知った清三は、箸《はし》を捨てて立ってそこに出て来た。母親
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