始めて知れた時、かれは限りない喜びを顔にたたえて、
「母《おっか》さん! 遼陽が取れた!」
 とさもさもうれしそうに言った。
 それからいろいろな話を母親にしてきかせた。二千何人という死傷者の話をもしてきかせた。戦争の話をする時は、病気などは忘れたようであった。蒼白《あおじろ》いやせた顔にもほのかに血が上《のぼ》った。医師《いしゃ》が来て、新聞などは読まないほうがいいと言った。病人自身にしても、細《こま》かい活字をたどるのはずいぶん難儀であった。手に取っても五分と持っていられない。疲れてじきそばに置いてしまった。時には半分読みかけた頁《ページ》を、鬚《ひげ》の生《は》えたやせた顔の上に落として、しばらくじっとしていることなどもある。
 日本が初めて欧州の強国を相手にした曠古《こうこ》の戦争、世界の歴史にも数えられるような大きな戦争――そのはなばなしい国民の一員と生まれて来て、その名誉ある戦争に加わることもできず、その万分の一を国に報いることもできず、その喜びの情《じょう》を人並みに万歳の声にあらわすことすらもできずに、こうした不運《ふしあわせ》な病いの床に横《よこ》たわって、国民の歓呼
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