ていた。「どうも咳嗽《せき》の出るのが変だと思ってました」と隣りの足袋屋《たびや》の細君《さいくん》が言った。「どうも肺病だッてな、あの若いのに気の毒だなア。話好きなおもしろい人だのに……」と大家《おおや》の主人《あるじ》も老妻《かみさん》に言った。「一人息子をあれまで育てて、これからかかろうという矢先にそんな悪い病気に取《と》っつかれては……」と老妻《かみさん》はしみじみと同情した。あっちこっちから見舞いを持って行くものなどもだんだん多くなる。大家の主人《あるじ》がある日一日釣って来た鮒《ふな》を摺《す》り鉢《ばち》に入れて持って行ってやると、めずらしがッて、病人はわざわざ起きて来て見た。それから梨を持って来るものもあれば林檎《りんご》を持って来るものもある。中には五十銭銀貨を一つ包んで来るものもあった。
 転任のむずかしいこと、たとえ転任ができても、この体では毎日の出勤はおぼつかないということがしだいに病人にもわかってきた。かれは郁治《いくじ》にあてて、病気で休んでいれば何か月間俸給がおりるかということを父の郡視学に聞いてもらうように手紙を書いた。やがてその返事が来て埼玉県令十号の
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