し食った。二人は二階にまたすわってみたが、もうこれといって話もなかった。
郁治が帰る時に、
「それじゃ学校の話、一つ運動してみてくれたまえ」
清三はくり返して頼んだ。
母親の病気ははかばかしくなかった。三度々々食物も満足に咽喉《のど》に通らなかった。父親が商売に出たあとでは、清三がお粥《かゆ》をこしらえたり、好きなものを通りに出て買って来てやったりする。また父親と縁側に東京仕入れの瓜《うり》を二つ三つ桶《おけ》に浮かせて、皮を厚くむいて二人してうまそうに食っていることもある。そういう時には清三は皿に瓜のさいたのを二片三片入れて、食う食わぬにかかわらず、まず母親の寝ている枕もとに置いた。母子《おやこ》の情合《じょうあ》いは病《や》んでからいっそう厚くなったように思われた。どうかすると、清三の顔をじっと見て、母親が涙をこぼしていることもあった。清三はまた清三で、めったに床についたことのない母親の長い病気を気にして医師《いしゃ》にかかることをうるさく勧《すす》めると、「お前の薬代さえたいへんなのに、私までかかっては、それこそしかたがない。私のはもう治るよ、明日は起きるよ」と母親は言った
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