「少し手伝ったら、呼吸《いき》がきれてしかたがない」
「お前は無理をしてはいけないよ。父《おとっ》さんがするから、あまり働かずにおおきよ」
 このごろ、ことに弱くなった清三が、母親にはこのうえない心配の種《たね》であった。
 やがてどうやらこうやらあたりが片づく。「こうしてみると、なかなか住心地《すみごこち》がいい」と父親は長火鉢の前で茶を飲みながら言った。車力は庭の縁側に並んで、振舞《ふるま》われた蕎麦をズルズルすすった。
 清三と荻生さんは二階に上がって話した。南と西北とがあいているので風通しがいい。それに裏の大家《おおや》の庭には、栗だの、柿だの、木犀《もくせい》だの、百|日紅《じっこう》だのが繁っている。青空に浮いた白い雲が日の光を帯びて、緑とともに光る。二人は足を投げ出して、のんきに話をしていると、そこに母親が茶をいれて持って来てくれる。大福餅を二人して食った。
 夜は清三は二階に寝た。久しぶりで家庭の団欒《だんらん》の楽しさを味わったような気がする。雨戸を一枚あけたところから、緑をこしたすずしい夜風がはいって、蚊帳《かや》の青い影がかすかに動いた。かれはまんなかに広く蒲
前へ 次へ
全349ページ中305ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング