に移転する前日の日記に、かれはこう書いた。
「二十六年|故山《こざん》を出でて、熊谷の桜に近く住むこと数年、三十三年にはここ忍沼《おしぬま》のほとりに移りてより、また数年を出でずして蝸牛《ででむし》のそれのごとく、またも重からぬ殻《から》を負《お》ひて、利根河畔《とねかはん》羽生に移らんとす。奇《く》しきは運命のそれよ、おもしろきは人生のそれよ、回顧一番、笑って昔古びたる城下の緑を出でて去らんのみ。歴史の章はかくのごとく、またかくのごとくして改められん」
 羽生の大通りをちょっと裏にはいったところにその貸屋があった。探してくれたのは荻生さんで、持主は二三年前まで、通りで商売をしていた五十ばかりの気のよさそうな人であった。下が六畳に四畳半、二階が六畳、前に小さな庭があって、そこに丈《せい》の低い柿の木が繁っていた。家賃が二円五十銭、敷金が三月分あるのだが、荻生さんのお友だちならそれはなくってもよいという。父親も得意回りのついでに寄ってみて、「まア、あれならいい!」と賛成した。
 一週間の農繁休暇を利用して、いよいよ移転することになった。平生《へいぜい》親しくした友だちは多くは離散して、そ
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