した日の光が洪水《こうずい》のように一室にみなぎりわたった。かれはそこで田原秀子にやる手紙を書き、めずらしいいろいろの花を封じ込めてやった。ひで子からも少なくとも一週に一度はかならず返事が来た。歌が書いてあったり、新体詩が書いてあったりした。わが愛するなつかしの教え子とこっちから書いてやると、あっちからは、恋しきなつかしき先生まいると書いてよこした。
四十八
このごろ移転問題が親子の間にくり返された。
学校に自炊していては不自由でもあり不経済でもある。家のつごうからいってもべつに行田に住んでいなければならぬという理由もない。父の商売の得意先もこのごろでは熊谷《くまがや》妻沼《めぬま》方面よりむしろ加須《かぞ》、大越《おおごえ》、古河《こが》に多くなった。離れていて、土曜日に来るのを待つのもつらい。「それにお前も、もう年ごろだから、相応なのがあったら一人嫁をもらって、私にも安心させておくれよ」
母はこう言って笑った。
清三は以前のように反対しようともしなかった。昨年からくらべると、心もよほど折れてきた。たえず動揺した「東京へ」もだいぶ薄らいだ。ある時小畑へやる手
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