な細い雨がはすに降りかかった。隣には蚕《かいこ》の仲買《なかが》いをする人が住んでいて、その時節になると、狭い座敷から台所、茶の間、入り口まで、白い繭《まゆ》でいっぱいになって、朝から晩までごたごたと人が出はいりするのが例であるが、今は建《た》てつけの悪い障子がびっしゃりと閉《しま》って、あたりがしんとしていた。
清三は大和障子をがらりとあけて中にはいった。
年のころ四十ぐらいの品のいい丸髷《まるまげ》に結《ゆ》った母親が、裁物板《たちものいた》を前に、あたりに鋏《はさみ》、糸巻き、針箱などを散らかして、せっせと賃仕事をしていたが、障子があいて、子息《せがれ》の顔がそこにあらわれると、
「まア、清三かい」
と呼んで立って来た。
「まア、雨が降ってたいへんだったねえ!」
ぬれそぼちた袖やら、はねのあがった袴《はかま》などをすぐ見てとったが、言葉をついで、
「あいにくだッたねえ、お前。昨日の工合いでは、こんな天気になろうとは思わなかったのに……ずっと歩いて来たのかえ」
「歩いて来《こ》ようと思ったけれど、新郷《しんごう》に安いかえり車があったから乗って来た」
見なれぬ足駄《あしだ
前へ
次へ
全349ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング