な細い雨がはすに降りかかった。隣には蚕《かいこ》の仲買《なかが》いをする人が住んでいて、その時節になると、狭い座敷から台所、茶の間、入り口まで、白い繭《まゆ》でいっぱいになって、朝から晩までごたごたと人が出はいりするのが例であるが、今は建《た》てつけの悪い障子がびっしゃりと閉《しま》って、あたりがしんとしていた。
 清三は大和障子をがらりとあけて中にはいった。
 年のころ四十ぐらいの品のいい丸髷《まるまげ》に結《ゆ》った母親が、裁物板《たちものいた》を前に、あたりに鋏《はさみ》、糸巻き、針箱などを散らかして、せっせと賃仕事をしていたが、障子があいて、子息《せがれ》の顔がそこにあらわれると、
「まア、清三かい」
 と呼んで立って来た。
「まア、雨が降ってたいへんだったねえ!」
 ぬれそぼちた袖やら、はねのあがった袴《はかま》などをすぐ見てとったが、言葉をついで、
「あいにくだッたねえ、お前。昨日の工合いでは、こんな天気になろうとは思わなかったのに……ずっと歩いて来たのかえ」
「歩いて来《こ》ようと思ったけれど、新郷《しんごう》に安いかえり車があったから乗って来た」
 見なれぬ足駄《あしだ
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