って、もう出るとみえて、客が二三人乗り込んでいた。清三は立ちどまって聞いたが、あいにくいっぱいで乗せてもらう余地がなかった。
清三の姿はなおしばらくその裏町の古い家並みの間に見えていたが、ふと、とある小さな家の大和障子《やまとしょうじ》をあけてはいって行った。中には中年のかみさんがいた。
「下駄を一つ貸していただきたいんですが……、弥勒《みろく》から雨に降られてへいこうしてしまいました」
「お安いご用ですとも」
かみさんは足駄《あしだ》を出してくれた。
足駄《あしだ》の歯はすれて曲がって、歩きにくいこと一通りでなかった。駒下駄《こまげた》よりはいいが、ハネ[#「ハネ」に傍点]はやっぱり少しずつあがった。
かれはついに新郷《しんごう》から十五銭で車に乗った。
五
家は行田町《ぎょうだまち》の大通りから、昔の城址《しろあと》のほうに行く横町にあった。角《かど》に柳の湯という湯屋があって、それと対して、きれいな女中のいる料理屋の入り口が見える。棟割《むねわり》長屋を一軒仕切ったというような軒の低い家で、風雨にさらされて黒くなった大和障子《やまとしょうじ》に糸のよう
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